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姫騎士隊長洗脳改造 第一章

第一章 はじまりの罠

 街頭に、ひとだかりができていた。
「さあさあさあ、昨日も出たよ出ましたよ! 光翼天使(こうよくてんし)サルヴァシオン! 今度は、八人の奴隷少女の救出に成功だ!」
 中心にいるのは新聞屋だ。今日のトップ記事は、数ヶ月前からこの街に現れた、正体不明のふたり組が起こした事件のようだ。
 新聞屋を取り囲む群衆は、我先にとコインを差し出して新聞を買っていく。
「毎度ありっ、毎度ありっ」
「いくらだ?」
 他の客がある程度はけたところで、男は新聞屋に訊ねた。
「十チェンになります」
「……ほら」
「毎度ありーっ!」
 コインの替わりに差し出された新聞を受け取り、男は新聞屋から離れた。そして、歩きながら紙面を覗きこむ。
 どこからともなく現れた謎のふたり組が馬車を急襲し、御者を捕縛する。そして、荷台の中にいた奴隷少女を救い出すと、ふたりは空を飛んで闇夜の中に消えていく――
(毎度代わり映えしない記事だな……)
 いつもいつも同じストーリーにうんざりして、男は新聞をくずかごに捨てた。
「さて……」
 あと少し歩けば、この国最大の魔導石マーケットがある五番街に着く。しかし、男の目的は買い物ではない。
(お……やってるやってる)
 五番街に差しかかったところで、遠目に人の集まりが確認できた。さきほどの新聞屋のひとだかりとは違い、整然と人が並んでいるように見える。
 さらに近づくと、検問が行われている様子が目視できた。特に混乱はなく、人々は粛々と尋問者の質疑に応答しているようだ。
 その検問を行っている連中は特徴的だ。国の騎士団を模した装備を身につけているが、それで身体が守れるのか不思議に思えるほど、肌の露出が多い。
 だがそれは、最先端の魔導技術によって作られた特殊装備であり、身につけた者の身体能力を極限まで高めてくれる代物だ。装着すれば、屈強な男でも一撃で倒せるらしい。
 そして特徴的なのはその装備だけではない。ひとりも男がいないのだ。
 彼女らは、女性のみで構成された独立女子騎士団(どくりつじょしきしだん)、またの名をイノセンシアという、ある犯罪に特化した警察組織の人間だ。
(……よし、三番隊だな)
 男は、彼女らの装備につけられているエンブレムに、矢の絵が三本あるのを見つけて、小さく拳を握りしめた。
 それから、荷物の中をそっと確認して男は列に並んだ。それなりの人数が並んでいたが、列のはけはそんなに悪くない。検問と言っても、身分確認と荷物検査程度のことなので、ひとり一、二分で終わる。
(あいつは……どこにいる?)
 待っている間に、さりげなく団員の顔をひととおり確認したが、お目当ての人物は見あたらなかった。たぶん、脇に設営してある簡易テントの中にいるのだろう。
「それでは、次の人」
 十分くらい待ったところで、男の順番がやってきた。手を挙げて声をかけたイノセンシア団員の前まで行く。
「お、お忙しいところ、お待たせしまして大変申し訳ございません」
 男を呼んだ団員は、若干緊張した面持ちで応対した。見ればまだ幼さの残る顔立ちをしており、つい最近入団したのだろうという予想が立つ。身につけたイノセンシアの特殊装備は他の団員と変わらないが、ランクを示すバッチがついていない。もしかしたら、正式な団員ではなく、見習い扱いなのかもしれない。
「え、ええと、それでは、お名前などが確認できる、身分証のようなものはお持ちですか?」
「……はい、どうぞ」
「ありがとうございます……えーと、バレンティン・トーレスさん……魔導士をされてるんですか?」
「そうです」
「身分証ありがとうございました、お返しいたします」
 なんら不審を抱かず、イノセンシア団員は男に身分証を返した。
 しかし、その身分証に記載されている情報は、なにもかもウソだった。もちろん、バレンティン・トーレスも偽名だ。男の真の名前は、ティーノという。
「それでは、お荷物拝見させていただいてよろしいでしょうか?」
「どーぞ」
 偽の身分証を信じた団員はティーノからバッグを預かり、中を確認するためひもを緩める。
 そして、中を覗きこみ、手を入れた瞬間――
「きゃああっ!?」
 ブシュっと煙が吹き出して、団員の顔を直撃した。
「お、おいっ!」
「ケホッ、ケホっ……かはっ!」
 一瞬で煙は消えたが、団員は思いきり吸いこんだようで、激しく咳きこんだ。その様子を見て、あたりが騒然とする。
「おい、大丈夫か?」
「ケホっ……は、はい……すみません……かはっ……」
 まだ咳は切れないものの、団員はどうにか落ち着いてきた。
 と、そこで、周りの人々を掻きわけるようにして、誰かが近づいてくる。
(来たな……カレン……)
 寄ってきた人物の顔を見て、ティーノはニヤリと口元を歪めた。
 その人こそ、イノセンシア三番隊隊長、カレン・アペリティだった。
「どうしたイエマ? なにがあった?」
 いまだ苦しげに顔を歪めている団員に近寄り、ことの成り行きを訊ねたカレン。だが、イエマと呼ばれた団員が答える前に、ティーノが口を開く。
「あんた、隊長さん?」
「……ん?」
 ふたりは、半年ぶりに顔を合わせた。しかし、カレンは相手の正体に気づかない。なぜなら、ティーノが魔導器を使って顔を変えているからだ。
「いかにも、自分がこの三番隊を率いているカレンだ。して、部下があなたになにを?」
「俺の魔導薬をひとつ台無しにしてくれたんだよ」
 そう言って、ティーノは自分のバッグの中から、ふたの開いた小ビンを取り出し、カレンの前に差し出した。
 ティーノから小ビンを受け取り、中身を確認するが、なにも入っていない。
「なにも入っていないが?」
「ふたが開いてほとんど蒸発しちゃったんだよ、ほら、ビンの隅に少し残ってるのが見えないか?」
「ええと……」
 注意深くビンを観察するが、やはりなにも残ってないように見える。それどこか、薬品的な匂いも感じられない。そこでカレンは、無意識に近い形で鼻を寄せ、ビンの中をくんとひと嗅ぎしてしまう。
 その行動を、ティーノは見逃さない。
「あっ!」
 ティーノはわざと大げさに驚いてみせて、カレンの動揺を誘う。
「んっ? ど、どうかしたか?」
「いや、今嗅いじゃったよな?」
「な、なにかまずかったか……?」
「ええと……」
 大きな声では言えないという感じで、手招きをするティーノ。それに反応してカレンが顔を寄せると、そっと耳打ちする。
「……それ、娼婦に使う媚薬」
「びっ!?」
「隊長さん、ちょっと吸いこんじゃったよな?」
「っ……」
「で、隊長さん以上にヤバいのが、あんたの部下さん。ひとビンほとんど吸っちゃったみたい」
「イ、イエマっ、大丈夫か?」
 慌ててカレンは振り返り、部下の様子をうかがう。
「は、はい……もう、落ち着きました」
「そ、そうか……」
「おいおい、咳がとまっただけだろ、薬の効果はこれから現れるぞ」
 ティーノの言葉に安堵しかけたカレンの顔に、焦りの色が再び灯る。
「……イエマは、いったいどうなってしまうんだ?」
「数十倍に希釈して使う媚薬の原液をあれだけ吸っちゃったからな、このまま放置したら、間違いなく媚薬中毒になるだろう」
「び、媚薬中毒……?」
「まあ、あんまり大きな声じゃ言えないけど、常に発情しっぱなしで、セックスしてもしても満足できない身体に……」
「き、貴様ぁああっ!」
「ちょっ? 俺が悪いのかよ」
「っ……す、すまない」
 さすがに筋違いな怒りだとカレンも理解し、ティーノに謝罪した。
 そんなカレンの動揺っぷりを楽しみつつ、ティーノは話を続ける。
「とにかく、一刻も早く対処した方がいい」
「対処!? できるのか?」
「俺のラボに戻れば中和剤を調合することは可能だ。それを飲めばなんとかなると思う」
「そ、そうか、すまないが、その中和剤というやつを作ってもらえないだろうか?」
「それはかまわないが、一緒にラボまできてもらうぞ?」
「一緒に?」
「往復してる時間的余裕はないと思う。即効性がウリの媚薬だからな」
(こんな男に、イエマを預けて大丈夫なんだろうか……)
 カレンはわずかにためらいの表情を見せた。事態は急を要するが、媚薬を持ち歩くような男に部下をひとり預けるのはやはり危険……
「……自分も一緒に行こう」
「ん? 端からそのつもりだが」
「なに?」
「隊長さんも媚薬を嗅いじゃっただろ、覚えてないのか?」
「あ……」
「微量とはいえ、体質によってはキマってしまう場合もあるからな。ついでに隊長さんの分も用意してやるから、一緒に来るんだ」
「わ、わかった、お願いする」
 イエマだけではなく、自分も媚薬中毒になる可能性がある。さすがのカレンも不安を覚えて、ティーノの言葉に頷いた。

 五番街で拾った辻馬車に揺られること三十分あまり――
「さ、着いたぞ」
「……ここが、おまえのラボだと言うのか?」
 ティーノに続いて馬車を降りたカレンが、驚きの表情を見せた。
「おかしいか?」
「おかしいもなにも……ここは宿屋だろう?」
「そう、宿屋だ。一室を無期限で借りて、そこをラボにしている」
「なんでまたそんな……」
「同じラボだと飽きて煮詰まるんだよ。だから、定期的に環境を変えるため、宿屋を渡り歩いてるのさ」
「はぁ……」
「とりあえず、無駄話に興じてる暇はないと思うが?」
 そう言って、ティーノは最後に馬車から降りたカレンの部下、イエマ・エフィメラを指差した。
「っ……」
 媚薬に身体が冒されはじめたのか、イエマは真っ赤な顔でふらふらと身体を揺らしている。
「イエマっ、大丈夫か?」
「た、隊長……すみません……」
 ふらつくイエマに肩を貸したカレン。そして、ティーノへ向き直る。
「それじゃ、部屋まで案内してもらえるか?」
「わかった、ついてこい」
 ティーノを先頭に、三人は宿屋へ入った。そのままフロントの前を通過するが、従業員はティーノの顔を見ると笑みを浮かべて会釈するだけで、呼びとめたりはしない。
(この宿に住み着いてるってのは、本当なんだな……)
 ティーノが顔パスになっているのを目の当たりにして、カレンはようやくこの魔導士の話を信じた。しかし、男の人間性まで信用したわけではない。
 馬車の中で軽く自己紹介しあったが、男は自分の仕事を媚薬屋だと言っていた。正直、女を弄ぶような薬を作るような人間がまともなわけがない。どさくさに紛れてイエマにおかしなことをしないか、鋭く目を光らせる必要がある。
「さ、こっちだ」
「ん……? これは……」
「昇降器だ。見たことないか?」
「いや、王城では何度か……」
 魔導石の振動力を利用した昇降器は、百年ほど前にはじめて作られ、王城などで利用されるようになった。四半世紀前くらいから民間の建物でも見られるようになったが、とても高価な代物であり、そう簡単にはお目にかかれない。
「……ここは、そんなに高級な宿屋なのか?」
「そう見えるか?」
「いや……」
「まあ、一点豪華主義ってやつだ。俺はこれが気に入って、この宿に住んでるんだよ」
「そうなのか……」
 そんな話をしているうちにチャイムが鳴り、昇降器のドアがゆっくり開いた。
「ほら、乗った乗った」
「わかった……イエマ、大丈夫か?」
「は、はい……」
 肩を貸したまま、カレンはイエマとともに昇降器へ乗り込んだ。ふたりが中へ入ったあと、ティーノも乗りこみ、最上階行きのボタンを押した。
「最上階?」
「ここは昇降器があるから、最上階が一番高い部屋なのさ」
「なるほど……」
 ティーノの言葉に、カレンは納得した。
 普通は階段がしんどいので、最上階付近の部屋は割安なのだが、昇降器がある宿では逆となる。実際、昇降器を備えた高級高層宿は最上階がもっとも高い。
「よし、ついたぞ」
 どうでもいい話をしているうちに、最上階についた。昇降器から降りて、まっすぐティーノの部屋へ向かう。
「さ、入ってくれ」
 ドアマンのように部屋の扉を開けたティーノが、カレンたちに入室を促す。
「……わかった」
 なにか仕掛けてある可能性も考え、カレンはイエマを抱えながら、慎重に部屋へ入っていく。だが、部屋の中はいたって普通の宿という感じで、特に不審な点はないように見える。ただ、一番高いというだけあって、ここだけではなく複数の部屋があるようだ。
「じゃあ、部下さんはそこのソファに」
「ああ」
 頷いて、カレンはイエマをそっとソファに座らせた。そして、その顔を覗きこみ、話しかける。
「……大丈夫か?」
「はい……なんとか……んっ……あっ……」
 真っ赤に顔を火照らせたイエマは、身体をピクっと震わせて、切なげな吐息を漏らした。
 イエマが媚薬によって性感を狂わされていると、性的な経験に乏しいカレンでもさすがにわかる。
「いかんな、思ったよりも猶予がなさそうだ」
「な、なんだと?」
「悪いが隊長さん、ちょっと手伝ってもらうぞ」
「自分が手伝えば、イエマは元に戻るのか?」
「そうだ。一緒に隣の部屋へ来てほしい」
「わ、わかった」
 ティーノは必死の形相で頷いたカレンからイエマへ視線を移す。
「部下さんは、そこで休んでてくれ。辛いようだったら、横になってていいから」
「は、はい……っ……」
 発情している姿を見られるのが恥ずかしいのか、イエマは顔を背けたまま、小さく頷いた。
 そんなイエマの心情を察して、カレンはティーノに視線をはずすよう言おうと思ったが――
「それじゃ隊長さん、いくぞ」
 注意するまでもなく、ティーノは視線をカレンに戻し、隣の部屋へ移動するよう促した。
(こいつ……意外と……)
 思ったよりも紳士的な行動を取るティーノに感心してしまうカレン。皆無だった媚薬屋に対する信頼感が、少しずつ芽生えはじめている。
「どうした? いくぞ」
「あっ? ああ……」
 慌てて頷き、カレンはティーノに続いて隣の部屋へ入った。
 カレンが通された部屋は、いかにも魔導士のラボという感じで、実験用の機材がいくつも並べられていた。
「で、自分はなにをすればいい?」
「そこに小窓があるだろ? 覗いてみろ」
 言われるまま、ティーノが指差した小窓を覗く。
「ん? これは……」
 カレンの視界に飛びこんできたのは、これまでいた応接間だ。ソファの上でもじもじと身体を揺らしているイエマの姿もよく見える。
「隊長さんはそこから部下の様子に変化がないか、見張っててくれ」
「えっ? 手伝うというのは、それだけ……?」
「そうだ」
「だったら、イエマのそばについててやった方が……」
「おいおい、あんたが横にいると、恥ずかしくてできないだろ?」
「できないって……?」
「だから、オナニー」
「――っ!?」
 卑猥な単語にかあっと頬を赤らめるカレン。しかし、ティーノは特に反応することなく淡々と話を続ける。
「部下さんは、もう完全に発情しきってる。オナニーで発散しないと気が狂いかねない」
「…………」
「だから、彼女が心置きなく発散できる環境を作ってやろうと思って、あんたをこっちに連れてきたんだ」
「そ、そうだったのか……」
 ティーノはしっかりイエマの体調を考えて行動してくれていた。そんな彼に、どこか疑いの眼差しを向けていた自分が恥ずかしくなる。
 カレンはイエマを救うため、媚薬屋というネガティブな先入観を捨てて、今後はティーノのやることに協力しようと思った。
「とりあえず、自分はここからイエマの様子をうかがっていればいいのか?」
「そうだ」
「しかし、ここから覗いていることを、イエマにはきづかれないのか?」
「大丈夫だ、向こう側から見るとその窓は鏡になってるから」
「そうなのか……不思議な魔導器もあるものなんだな……」
「それじゃ、俺はこれから調合に入るから、隊長さんは、部下の様子を逐次報告してくれ」
「逐次、というと……?」
「そうだな……オナニーをはじめたときとか、どこをいじってるとか、イったときの様子とか」
「そ、そんなことを自分に報告しろと言うのかっ?」
「発情度合いによって、中和薬を微調整する必要があるんだよ。それに失敗すると、彼女は媚薬中毒から抜け出せなくなる」
「っ……」
「もちろん、俺が調合しながら様子を見てもいいんだが、部下の痴態を男に見せるのは抵抗があるだろ?」
「それは……たしかに……」
「だろうと思って、隊長さんにお願いしたんだが……どうする?」
「ど、どうすると言われても……」
 イエマのことを思えば、答えはひとつだ。
「わ、わかった……自分が、イエマの様子を報告する」
「悪いな、隊長さんにまで余計な恥をかかせることになってしまって」
「いや……こちらこそ、いろいろ気を遣わせてすまない……」
「じゃあ、早速頼む……っ……」
 真面目な顔をして頭をさげるカレンを見て、ティーノは震えながら背を向けた。震えているのはほかでもない、今にも噴き出しそうなのだ。
 だが、ここで笑ってしまっては、すべてが台無しになる。ティーノは横隔膜をぐっと強張らせて、調合器具の揃うデスクへ向かった。
 そんなティーノの様子に気づきもせず、カレンは指示されたとおりに窓の向こうにいるイエマへ視線を向けた。
(イエマ……)
 応接間のソファに座っているイエマは、ひっきりなしにモジモジと身体をくねらし、熱病患者のように、荒い呼吸を繰り返している。
「んっ……あっ……いや……んんっ!」
 ぴくっぴくっと身体を痙攣させて、白い喉を反らせるイエマ。それから股の間に両腕を差し入れ、手首付近をぎゅーっと太腿で挟み込んだ。さらに、挟んだ手首で股間がこすれるように、身体を前後に揺らしはじめる。
 イノセンシア団員が身につけている特殊スーツは、腕力と脚力を強化するパーツ以外は、できるだけ軽くなるよう設計されている。股間を覆うのは、伸縮性のある薄い素材でできた布のような装備だけだ。その内側には、大事な部分を保護するサポーターがついているので、下着は身につけない。
 なので、装備の上からでも、それなりに刺激は伝わる。
「あっ、んん……やぁ……あっ、はぁ……んふ……」
 切なげな吐息を漏らし、イエマは身体を揺らし続ける。そのうち、腕の方も上下運動がはじまった。手が直接股間を刺激する頻度が増えていき、ついには――
「ひゃうんっ!」
 イノセンシアの装備の上からではあるが、直接指で秘部をいじりはじめた。
(は、はじまった……)
 イエマのオナニーがはじまった瞬間、カレンの心臓がドキンと強く鼓動した。その直後、部下の秘めたる行為を覗き見しているということに、罪悪感を覚えてしまう。
 だが、覗き見だけではすまない……これからティーノに報告せねばならないのだ。
「あ……あ、の……」
 自分に背を向けて作業しているティーノに声をかけた。
 だが、ティーノは振り向きもせず、作業を続けながら返事をする。
「どうした?」
「は、はじまった……」
「そうか、どんな様子だ?」
「ええと……装備の上から、い、いじってる……」
「いじってるって、どこを?」
「そ、それは……その、こ、股間を……」
「股間じゃ曖昧すぎる、もっと詳しく!」
「詳しくと、言われても……」
 会話しているうちに、イエマはクリトリスをいじりはじめていた。だが、それを当たり障りなく報告する文章力を、カレンは持ち合わせていない。
(くっくっく……早速困ってやがるな……)
 カレンに対して背を向けているティーノだが、相手側から見ると反射しない特殊な魔導鏡を使って、その姿を覗いていた。
「どうした? きちんと報告してもらわないと、調合に失敗するぞ」
「っ……」
 自分が報告をためらったせいで、イエマが媚薬中毒から抜け出せなくなったら、後悔してもしきれない。
(自分が恥ずかしい目に遭うのは覚悟していたはず……それに、イエマの苦しみに比べたら……)
 覚悟を決めたカレンは、頬を真っ赤に染めて口を開く。
「ク……クリトリスを……い、いじって……る……」
「クリトリスだな?」
「そ、そう、だ……」
「わかった。その調子で今後も報告を頼む」
 そう返して、ティーノは調合作業を続ける。
「今の段階でそれなら、調合の割合に変更はなしだな……」
「…………」
 自分の方を振り返りもせず、集中して作業をしているティーノの姿を見て、カレンはまた恥を覚えた。
(この男は、自分のことなんかひとつも意識していない……ホントに自意識過剰だ……)
 とにかく、今後は男の作業に支障が出ないよう、的確に報告しようとカレンは心に誓った。
 だが、実のところティーノは調合作業などしていない。フリをしているだけだ。そもそも、媚薬の中和薬はすでに用意できており、微調整する必要などひとつもないのだ。
 にもかかわらず、こんな演技をしているのは、『媚薬屋、ヴァレンティン』をカレンに信用させるためだ。
 それができれば、カレンを次なる決定的な罠にはめ込むことも可能になるだろう。
 ただ、いくつか用意した罠のうち、理想に近いシナリオでことが進み、思いがけず淫語プレイを楽しめることになった。これは、嬉しい誤算と言える。
(せっかくの余興だ、もっと楽しませてくれ……カレン……)
 そんなことをティーノが考えているなどとはつゆ知らず、カレンは自慰に耽るイエマの姿を真剣に見つめている。
「やっ……んんっ、あああ……こんなことしちゃ、ダメなのに……ああんっ、とまらない……」
 窓越しに見えるイエマの行為は確実にエスカレートしていた。いつの間にか大きく足を開き、大胆にクリトリスをこすっている。
「あああんっ……んんっ、あっ、もっと……もっと……あっ、ひああああんっ!」
 ただ前後にこするだけでは足りなくなったのか、イエマは肉芽を摘まみあげて、指の腹でコリコリと刺激しはじめた。そのたびに、大胆に割り開かれた太腿が、ピクピクと淫らに痙攣する。
(イ、イエマ……なんていやらしい格好を……)
 誰の目も気にする必要のない自室でさえ、カレンはこれほど淫らなオナニーをしたことはない。布団にくるまり、もっと息を潜めて、ひっそりとするものだと思っていた。
 それだけに、なりふりかまわず、快楽を貪るようなイエマのオナニーに衝撃を受けた。もちろん、媚薬のせいだということは重々承知だが、それでも性経験の乏しいカレンには十分すぎるほどの淫猥な刺激として伝わる。
「あっ、いいっ、気持ちいいっ……あっ、んっ、あんっ、いいっ……感じちゃう……」
 ドアひとつ隔てた部屋にカレン達がいるということも忘れたように、イエマは夢中でオナニーに耽っている。ついには股間を覆う布地の脇から指を入れ、直接秘部を愛撫しはじめた。
「あっ、ああ……」
 イエマの動きに思わず声を漏らすカレン。その声にティーノが反応する。
「どうした? なにかあったのか?」
「えっ? あ、と……」
「変化があったのなら、きちんと報告してくれ」
「す、すまない……え、ええと……指を……な、中に……」
「中ってのはどこの中だ?」
「そ、それは……たぶん、ち、膣の、中……」
「指は何本入れてる?」
「い、一本だ」
「どのくらい濡れてるかわかるか?」
「え、ええと……だ、出し入れしてる指は……もう、ぐ、ぐっしょりと……」
「そうか。それじゃ観察を続けてくれ」
「わ、わかった……」
 激しい羞恥と闘いながら、カレンはどうにか報告しきった。しかし、恥ずかしい言葉を紡ぐうちに、頬どころか全身が熱を帯びてきた。特に、股間が熱い……
(ああ……どうして、自分まで……)
 思い当たるのは、やはり媚薬だ。ビンはカラになっていたが、匂いを嗅いだせいで影響がでるかもしれないとティーノは言っていた。体質によっては、ごく少量でも中毒になる可能性があるとも……
(だ、大丈夫だ……あいつは、自分の中和薬も用意してくれている……)
 そう思うと、多少不安が和らいだ。
 だが、秘部に灯った熱は引かず、確かなうずきへと変化ししていくのだ。
(カレンのやつ、うずきはじめたな……)
 鏡越しに写るカレンがわずかに腰をくねらせはじめたのを見て、ティーノはにやりと笑う。
 本当のところ、カレンに吸わせた媚薬は、イエマが浴びたのとは別物だ。
 騒ぎを起こし、隊長であるカレンを引っ張り出すため、最初の媚薬には噴き出す演出を加えたが、中毒になるほどの効き目はない。
 一方、カレンが吸いこんだ媚薬は、色もなければ匂いもない代物だ。これも、一発で中毒を起こすほどの物ではないが、意識的に吸いこまなくても、ビンを顔に近づけるだけで十分効果を発揮する。
 それをイエマが誤って開封してしまったビンだと偽り、ティーノは直前にふたを開けてからカレンに渡したのだ。
 直前まで薬品が入っていたと言われて渡されたビンには、一滴たりとも液体が残っていない。それどころか、薬品にありがちな刺激臭すら漂ってこない。そうなれば、ほとんどの人間は、多少匂いを嗅いで真偽を確かめようとするだろう。
 そして、カレンはティーノの思惑どおり、ビンの匂いを嗅いでしまった。
 もっとも、そうならなくても、カレンはイエマに付き添っただろう。そこから次の罠へ導くシナリオもティーノはきちんと用意していた。
 すべては、イエマが媚薬を浴びた時点で決まってしまったのだ。
 そして、そのイエマは今――
「やぁんっ、ダメぇ……とまらないっ、とまらないよぉ……あっ、あんっ、気持ちいいっ、ああっ、気持ちいいいっ!」
 無我夢中で肉壺に入れた指をくねらせ、もうひとつの手でクリトリスをコリコリといじり倒している。口からあふれるあえぎ声も抑えが効かなくなってきた。
「あんっ、いいっ、あっ、んっ、いっ、いい……ひうっ、んっ、ああっ、いいっ、ああんっ!」
 ピストンする指のスピードがあがると、それに合わせてあえぎ声も小刻みになっていく。さらに、ピクンピクンと痙攣する太腿の動きもシンクロし、きゅうっと全身が強張りはじめた。
(イエマ……なんて気持ちよさそうなの……)
 カレンは、はばかることなくオナニーに耽るイエマを、うらやましげに見つめた。うずきはじめた秘部を、イエマと同じように愛撫できたら……
(い、いけない……そんなことを考えては……)
 淫らな願望を振り払うように、小さく顔を振るカレン。その際、ちらっとティーノの姿が目に入る。
 ティーノは背を向けたまま、相変わらず熱心に薬品を調合している。そういえば、イエマの様子を報告している間も、一切振り返ったりはしなかった。
「…………」
 イエマを観察しつつも、カレンはちらっ、ちらっとティーノの様子を探る。しかし、何度見ても作業に集中しており、振り返る様子はない。
 一度は振り払った淫らな欲求が、再びカレンの頭に拡がりはじめたそのとき――
「あああっ、ダメっ、ダメぇっ……もうっ……ああっ、ああああああっ!」
 ひと際大きなあえぎ声をあげて、イエマはガクンガクンと大きく身体を痙攣させた。
(ああっ、イエマはもう……)
 他人が絶頂を極める姿など一度も見たことのないカレンだが、イエマがまもなくその瞬間を迎えることくらいはわかった。
 そして、カレンの予想どおり、イエマは狂おしい頂点へ昇り詰める。
「んああああんっ……イクぅっ……イっちゃうっ……ああああっ、イクうううぅっ……」
 ピーンと全身を突っ張らせて、激しいエクスタシーを貪るイエマ。幸福感に満ちた恍惚としたその表情が、カレンの劣情をあおる。
(あ、ああ……)
 無意識に手が股間へ伸びかけたが、今やるべきことを思いだし、カレンは慌ててとめた。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「イエマが……ぜ、絶頂を、迎えた、みたいだ……」
「そうか。だったら、だいたい想定内だな……」
 適当なことを言いながら、ティーノはなにか考えるような仕草を見せる。だが、もちろんふりをしているだけで、実際は発情しているカレンの姿を鏡越しに覗いているだけだ。
(かなりキテるみたいだな……そろそろご褒美をやるか……)
 ティーノはなにか結論に至ったようにふむと頷き、はじめてカレンの方へ振り返った。
「な、なにかっ!?」
「いや、部下さんの調合割合はだいたい決まったんで、次は隊長さんの分をと思ったんだが……特に異常はなさそうだな?」
「も、もちろんだ! 自分はなんともないっ!」
 カレンはとっさにウソをついてしまった。うずいているなどとティーノに言えるはずがない。
 もちろん、そうとわかっていて、ティーノも訊ねたのだが……
「じゃあ、隊長さんのも一緒に作ってしまうぞ」
「あ、ああ……すまないが頼む」
「隊長さんはこれまでどおり、部下さんの様子を見ててくれ。たぶん、一回イったくらいじゃ収まりがつかないはずだから」
「わかった」
「俺はそっちで最終調合をはじめるから、なにかあったら声をかけてくれ」
 そう言って、ティーノはこれまで作業していたデスクの更に奥のスペースへ向かった。
(あ……)
 カレンの場所からだと、ティーノの姿は大きな棚の影に隠れてしまい、完全に見えなくなる。それはつまり、逆も同じであり……
(今なら、もしかして……)
 そう思うと、抑えこもうとしていた劣情が、一気に込みあげてくる。美肉は熱くうずき、喉がカラカラに渇いてくる。
「……んくっ!」
 思わず生唾を飲み込んでしまったカレン。その音が意外に大きかったものの、ティーノは反応せず、奥で作業を続けている。
(……これなら、多少物音を立てても気づかれない?)
 媚薬に冒され、思考能力が半減しているカレンは、それが勝手な思いこみだということもわからなくなっていた。
 なにより、身体がもう限界だった。うずいてうずいて仕方がない。
「ん……ああ……やぁん……収まらない……全然っ……あっ、あんっ……」
 小窓の向こうでは、絶頂からおりてきたイエマが再びオナニーをはじめた。なににも気兼ねすることなく、大胆に粘膜や肉芽をいじる姿を見て、カレンはいてもたってもいられなくなる。
(あ、ああ……自分も……)
 カレンはもう一度、視線をティーノへ向けるが、さきほどと変わらず死角にいるようで、その姿は確認できない。
 それがわかった瞬間――
(もう、ダメっ……)
 カレンの右手がすーっと股間へ向かい、指先が肉芽部分にチョンと触れる。
「ひぅっ……っ!」
 スーツの上からわずかに触れただけなのに、激烈な快感が全身を駆け巡り、カレンは思わず声を漏らした。
「どうした? なにかあったか?」
「えっ!? とっ……」
 奥からティーノの声がかかり、カレンは慌てて手を引いた。そして、取り繕うように報告をはじめる。
「え、ええと……イエマがまた、は、はじめた……」
「はじめたってのは、オナニーをか?」
「そ、そうだ……」
「わかった。またなにかあったら報告してくれ」
 そこで会話は終わったが、その間ティーノは姿を現さなかった。淫らな行為に及んだことがバレずにすみ、カレンはほっと胸を撫でおろす。
 しかし、一度クリトリスを刺激したことによって、快楽に対する欲求は数倍にも膨れあがった。ティーノにバレるかもしれないというリスクを改めて認識したのに、もはや自制が効かない。
(ダメなのに……ダメ、なのに……)
 カレンは再び股間に手を這わせ、イノセンシアスーツの上から、クリトリスをいじりはじめる。
「っ……」
 今度は唇をキツく噛みしめ、声が漏れないようにした。そろりそろりと肉芽を刺激しながら、ティーノの様子をうかがうが、先ほどのように声をかけてくる雰囲気は感じられない。
(んっ……ああっ、ダメぇ……)
 次第に指の動きが大胆になっていく。肉芽を強く押しつぶしながら、クリクリと円を描くように刺激する。
「ふっ……むっ……っ……んっ……」
 こらえきれない小さな吐息が鼻先から漏れだす。それでもティーノは反応せず、奥で作業を続けているように見えた。
 だが、もちろんティーノは薬の調合などしていない。さきほどと同じように鏡越しにカレンの痴態を覗き見しているのだ。
(くっくっく、さかってやがる……)
 恨みある相手が、自分の罠にはまり込んでいく姿を見るのは格別だった。しかし、復讐はまだはじまったばかりで、すべてはこれからだ。
 そして、その復讐すべき相手は、とうとうスーツの脇から指を入れ、直接クリトリスをいじりはじめた。
(あっ、いいっ……全然違うっ、直接触るの……ああっ、すごくいいっ!)
 夢中になって、肉芽をいじるカレン。やはりスーツの上からこするよりも、ずっと刺激が強く、全身を駆け巡る快感も倍増した。
「むふっ……んふっ……んんんっ……」
 あふれてしまいそうになる嬌声を必死にこらえ、血が滲みそうになるほどの力で唇を噛みしめる。だが、漏れだす吐息は最初のころより確実に大きくなってきている。
(このままでは……ああっ……バ、バレて……あんっ、んっ、ああんっ!)
 オナニーしているところをティーノに見られてしまうという、最悪の事態がカレンの頭をかすめた。
 しかし、自らを愛撫する指先のペースは落ちるどころか加速度的に速くなってきている。しかも、バレるかもしれないという破滅感が、カレンの気持ちをより昂ぶらせてしまう。
(あはんっ……んんっ、気持ちいいっ……ああっ、気持ちいいっ、どうして、こんなに……あああっ、すごいいっ!)
 普段するオナニーとは、快楽の次元が違った。いつもなら軽いアクメに到達し、満足してしまう頃だが、まだまだ気持ちよくなれそうな気がした。
(あんっ、いいっ、んあんっ、いいっ、感じるっ……ああああああんっ、ダメぇっ……ダメえぇっ!)
 ブルっと大きく身体を痙攣させたカレン。ティーノはそれを見逃さない。
(もうそろそろか……)
 女体の反応から、ほどなくカレンが絶頂を迎えると確信する。
「んんっ、むふっ……んんんっ、んふっ、ふむぅ……」
 カレンがビクビクと全身を震わせながら、抑えきれない熱い吐息を漏らした瞬間――
「よしっ、できたぞっ!」
 ティーノはわざと大きな声で、薬の完成を告げた。
「――っ!?」
 絶頂寸前で頭は真っ白になっていたカレンだが、ティーノの声を聞いて反射的に手を股間から離した。そして、素早くスーツの乱れを直していく。
(……もういいようだな)
 カレンに最低限の身繕いをさせてから、ティーノは奥から顔を出した。
「ひぅっ!!」
「……なんだよ、ひぅって?」
「い、いや……なんでも、ない……」
「うーん……」
 いぶかしげにジロジロとカレンの顔を見つめるティーノ。寸止めを食らいなんとも情けない顔をしているのが、おかしくてたまらない。
(俺がひと触りすれば、白目をむいてイクだろうな)
 だが、ここで不用意にお触りなどしてしまえば、カレンの中に芽生えた自分への信頼感が一瞬で瓦解する。今は、ガマンだ。
「ホ、ホントに、なんでもないから!」
「……ならいいが」
 わりとあっさりティーノが詮索をやめてくれて、カレンは安堵する。だが、絶頂寸前でオナニーを中断したので、どうしようもなくもどかしい。
(あああ……つらい……くっ……)
 こらえきれずに股をすりすりとこすり合わせるカレン。だが、ティーノは見て見ぬ振りをして話を続ける。
「で、これが隊長さんの用の中和薬だ」
「……これが?」
 ティーノから渡されたのは、固形の丸薬だった。てっきり、液体の薬が出てくるかと思ったので、少し拍子抜けしてしまう。
「なにかおかしかったか?」
「い、いや……」
「まあ、信用できないなら、無理に飲まなくても……」
「そんなことない、飲むっ、飲ませてもらうっ!」
 返せという感じで出されたティーノの手を払い、カレンは丸薬を見つめる。
(と、とにかく、これを飲まないと……)
 秘奥は自慰の再開を求めるようにうずいている。もう、信用するとかしないとかではなく、この中和薬にすがるしかない状況なのだ。
「飲むんなら、早い方がいい。効き目が違ってくるからな」
「わかった……」
 頷いたあと、カレンは手にある丸薬を口に含み、躊躇なくゴクリと飲みこんだ。
「…………」
 カレンが薬を飲みくだしたのを確認し、ティーノはほんのわずかに口元をニヤリと歪めた。
(よし……これでおまえはもう、俺から逃げられないぞ!)
 本日最大の目的を果たし、ティーノは心の中で喝采した。しかし、そんな素振りをみじんも見せず、淡々と次の作業に入る。
「じゃあ、部下さんにはこっちの薬を飲ませてやってくれ」
「……えっ?」
「どうかしたか?」
「イ、イエマのは……液体なのか?」
「部下さんは症状がでまくりだからな、即効性のある液薬が最適なんだ」
「な、なる、ほど……」
 再び、不安になるカレン。
(やっぱり本当のことを言って、自分も液体の薬をもらった方が……)
 迷うカレンをティーノがせっつく。
「おい、早く持っていってやれよ。俺が行くわけにはいかんのだし」
「えっ? なぜ……?」
「なぜって、部下さんはまだまだ真っ最中だろ?」
「あ……」
 ティーノは徹底してイエマを気遣ってくれている。それに比べて自分は己のことばかり考えていた。どうにも自分が情けない……
(いや、反省はあとだ……)
 まずは、部下を苦しみから解放してあげないといけない。
「じゃ、じゃあ、これから行ってくる」
「部下さんが落ち着いたら、声をかけてくれ。俺はそれまでこっちにいるから」
「……本当に、気遣ってもらってすまない」
 カレンは、深々と頭をさげてから、応接間へ繋がる扉を開けた。

 イエマが中和薬を飲んでから約三十分後――
(もういいぞ……)
 カレンは、合図を送るような視線を鏡に向けた。こちらからは自分の顔しか見えないが、その向こうにいる相手はきっと気づいてくれたはずだ。
 ほどなくして、扉が開く。
「……調子はどうだい?」
 様子をうかがう感じで、おずおずとティーノが応接間に戻ってきた。
「このとおり、イエマは元どおりだ」
 笑みを浮かべたカレンが部下の肩をポンポンと叩いた。それを合図にイエマが深々と頭をさげる。
「ほ、本当にご迷惑おかけしました……」
「よかった、中和薬は効いたみたいだな」
「お、おかげさまで……」
 かあっと頬を真っ赤に染めて、イエマはもう一度頭をさげた。オナニーしているところは誰にも見られていないと信じているが、自室でもないところで、淫らな行為に及んでしまった事実を恥じていた。
「自分からも、礼を言わせてもらう。本当にありがとう」
 ぴっと背筋を伸ばしたあと、カレンも深々と頭をさげた。イノセンシアの一隊を率いる、隊長の威厳が復活している。
 それもこれも、ティーノに渡された中和薬が効き、正常な思考を取り戻すことができたからだ。あれだけ淫らにうずいた身体も、いまではウソのようにスッキリしている。
「まあ、大事に至らないでよかった」
「あなたのおかげだ、感謝している」
「いや、ふたりが媚薬屋なんてうさんくさい仕事をしてる俺のことを信じてくれたからな。それはもう全力で頑張るしかないわけで……」
「…………」
 ティーノの言葉を聞いて、カレンは自分が恥ずかしくなる。
(正直、中和薬が効くまで、信用しきれてなかった……)
 せめて今後は、最大限の誠意を示さなくてはと思う。
「とりあえず、今回かかった費用は全額イノセンシアが負担するので、ぜひ申請してほしい」
「それは、最初にダメになった媚薬の代金も含めて?」
「もちろんだ」
「ホントに? それは凄く助かるが……余裕で百リィード超えちゃうけど大丈夫?」
「そ、そんなに値が張る物なのか……?」
 百リィードと言えば、一般的な男性肉体労働者が稼ぐ半月分の賃金にあたり、決して小さな金額ではない。この街で生活するとしても、独り身なら贅沢しなければ一ヶ月は暮らせる。
 もっとも、提示した金額は適当で、正価などあってないようなものだ。高ければ高いほど相手が責任を感じるとわかっているから、ふっかけているにすぎない。
「まあ、原液だったからなぁ」
「す、すみません、ホントにすみませんっ!」
 事の発端を作ったと思いこんでいるイエマは、何度もペコペコと頭をさげた。それを制して、カレンは話を続ける。
「たとえいくらだろうと、イノセンシアがきちんと保証するので、安心してください」
「おー、ありがたい。さすがはフェジタリアの紅水晶(べにずいしよう)、シエスタ姫が肝いりで立ちあげた組織だけはある」
「……それは、どういう意味で言っているのだろうか?」
「ん? 姫様がバックにいるから予算は無尽蔵なんだと感心しただけだが……なんか、気に触ったか?」
「やはり、市井の民からすれば、我々は姫様の道楽でやってる組織に見えるということか……」
 怒りを表すというふうでもなく、カレンは無念そうに呟いた。
「まあ、あんまり評判がいいとは言えないな。さっきやってた検問だって、みんな不満に思ってる」
「それはわかっているが、検問から検挙に繋がったこともある。改造屋撲滅に向けて、地道にやっていくしかないんだ……」
「で、いつ撲滅できるんだ?」
「わからない……だが、必ず成し遂げてみせる! そして、不幸な女性がひとりも生まれない世の中にしてみせる!」
「そうですよ隊長っ! 改造屋なんてひとり残らず捕まえちゃいましょうっ!」
 盛りあがるふたりを一瞥するティーノ。
(ふん、半年前に取り逃がした改造屋を目の前にして、なに言ってやがる)
 とりあえず、これ以上女たちの話は聞く価値がないと判断し、まとめにかかる。
「えーと、それで話を元に戻すが、媚薬の代金を含めた経費は、イノセンシアが払ってくれるってことでいいんだな?」
「そうだ」
「で、どう請求すれば……?」
「団にきてもらえればすぐにでも支払うことは可能だが……」
「このあとは、用事があるからなぁ……明日でも問題ないか?」
「ああ、もちろんだ。話は先に通しておく」
「じゃあ、明日、イノセンシアの詰め所に顔を出すから」
「わかった……それと、ひとつだけ注文していいだろうか?」
「注文?」
「申請する際、弁償する物品は媚薬ではなく、魔導薬ということにしてほしい」
「なぜ?」
「申請書に経緯を記載しなければならないが……今日のことが書面で残ると、イエマの今後に影響が……」
「……なるほど」
 媚薬でさかってしまったなどという記録が残ると、大きな恥になってしまうと言いたいのだろう。しかし、口実としてイエマの名を出したが、本当のところは自分の体面を気にしての注文だとティーノは思った。
「わかった。毒性のある魔導薬を浴びて、その解毒を行ったという話にしとくから」
「ありがたい。これで団長に余計な心配をかけずにすみそうだ」
「ちなみに、ふたりが中にいる時間ってある?」
「そうだな……明日なら午前中は詰め所にいると思うが」
「じゃあ、昼前くらいにうかがわせてもらうよ。ふたりの様子も気になるし」
「……と、いうと?」
「今は収まってるけど、また媚薬の影響が出てしまう可能性もゼロとは言えないからな」
「そ、そうか……心配かけるな……」
「本当にすみません、お手数おかけしてしまって……」
 ティーノの言葉に、カレンとイエマは一緒に深々と頭をさげた。
 もうすっかり、ふたりはティーノを信用してしまっていた。

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