ご注文は食品化ですか?
その時間のラビットハウスは一人の客もなく、チノ、ココア、リゼの3人は暇そうにしていた。
だから入口のドアが開いたとき、張り切って迎えたのだ。
「いらっしゃいませー!」
その、災厄を。
男はとくに変わった格好をしているわけではない。
けれどチノはぎょっとした。
入ってきた客の男はその右手に、緑色の布にくるまれた黒く短い棒状のものを持って舐めていた。
その緑の布はどうやら着物らしい。
チノはその柄に見覚えがある気がしたが思い出せない。
視線を感じたのか、男がミニ着物にくるまれた棒状のものを軽く振り上げる。
「これ? さっき寄った甘兎庵ってとこの店員さ。おっとりしてかわいい子だったから、美味しい羊羹になってくれたよ」
男が意味不明なことを言いながら、それをチノの鼻先に突きつけた。甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「ひっ……!?」
棒を見て後ずさるチノ。
男が舐めていた先端の形状は、驚愕の表情を浮かべる女の子の頭部だった。
それは紛れもなく宇治松千夜の顔。
千夜を模した手持ちサイズの羊羹に着物を着せているのだ。
なぜこの男はこんなものを持っているのか。
不安が胸から湧き上がってくる。
なのに羊羹から目が離せない。
「……っ?!」
チノが息をのんだ。
男が羊羹の頭をかみちぎったのだ。
そのとき、チノは何か取り返しのつかない喪失感を覚えた。
これは作り物のはずだ。本物の千夜であるわけがない。
それでも、首を失った千夜型羊羹の有様はたとえようもなく不気味だった。
チノは思わずカウンターに待機していたリゼとココアのもとに駆け寄る。
「リゼさん、ココアさん……あのお客さん、何か変です……!」
「変、って……ふつうの人にしか見えないような」
リゼが怪訝な顔で客の方を見やる。
羊羹を食べ終えた男が、入れ物代わりの着物を投げ捨てていた。
ヒラヒラと落ちたミニチュア着物の中には、ほんの少し羊羹のかけらがへばりついている。
男のマナーの悪さを見てココアがムッとした顔になる。
「悪いお客さんだなぁ。よーし、お姉ちゃんの見せ場だね! 私が注意してきてあげる!」
勢い込んで男の前へ向かうココア。
その後ろ姿が遠ざかっていく。
……遠ざかっていく? 大して広くもない店内で?
「あ……え? コ、ココアさんが小さくなってます……!」
ココアが男へ近づくにつれ、そのサイズが縮小されていく。
だがココア自身はそんなことに全く気付かないように、男の下へ進んでいってしまう。
「おい、戻れココア! 何かおかしい!」
リゼの叫びもむなしく、20センチほどに縮んだココアが男に背を向けて棒立ちになる。
すなわち、チノはココアの顔を見ることができた。
笑っていた。
「ココアさん!」
次の瞬間、男の足が勢いよくココアを踏み潰した。
惨劇がチノの脳裏によぎる。
だが男の足の下には、何か厚みのある円形の物体があるだけだ。
男はそれを拾い上げるとテーブルの上に放った。
黄金色に輝くふわふわのパンケーキがそこにあった。
表面にあったのは、潰される直前の優しい笑顔。
もう動くことのない、固定された笑顔。
「ひ……!? い、いやああああああああああっ!?」
チノの絶叫が響き渡る。混乱と恐怖で頭の中がかきまわされそうになっていた。
「そこを動くな貴様! いったい何者だ!?」
一喝。
いつの間にかリゼの手には銃が構えられていた。
冗談でやっているのではない。それは緊張した表情から伺える。
しかし男の方は何でもない様子で、右手を上げると、空中で何かをつかむ仕草をした。
それだけで、チノの隣からリゼの姿が消えた。
ごとん。持ち主の手から離れた拳銃が床に落ちた。
一方で、男の右手にはホイップクリームのたっぷり詰まった絞り袋が収まっていた。
チノがへたり込んでしまう。
「あ……ああ……そんな…………!」
クリームが充填された小さな絞り袋の形は完全に、直立した姿のリゼだった。
豊満なバストもよく再現されている。
男は絞り袋をパンケーキになったココアの上へ持ってくると、その手にぐっと力を込めた。
足裏にあたる部分の口金から勢いよく白いクリームが押し出されていく。
まるで魂が抜けていくみたいに。
クリームが絞り出されるにつれて凹んでいく絞り袋。
少しも余さず絞り出そうと、上の方からぐしゃぐしゃに押し潰していく。
凛々しい顔も豊満なバストも、めいいっぱい潰されて紐みたいになってしまった。
最後には上の方から口金の方までぐるぐると畳んで、絞り袋の中身を全部、外へと押し出した。
パンケーキには山盛りのクリーム。
その下にあるはずのココアの笑顔はもう見えない。
目の前のパンケーキに夢中な男は、何も考えていないかのように、ごく自然に絞り袋の残骸を投げ捨てる。
丸まったゴミが、チノの足元に転がってきた。
「リゼさん……、リゼさん…………」
うわごとのように呟きながら、チノはそのゴミを拾い、なんとか元の形に戻そうとする。
無駄なあがきだった。
潰されて折り畳まれたビニールを拡げたところで、しわくちゃなままに決まっている。
けれど、たった一人であの男と同じ空間にいるなんて耐えられなかったのだ。
そんな必死さを男は気にも留めない。
クリームを挟むようにパンケーキを丸め、それを手にもって口へ運ぶ。
大口を開けてかじっていく。
ココアだったものとリゼだったものが、まとめて男の胃に収まっていく。
丸い生地が半月になり、三日月になり、やがて何もなくなった。
男は口の周りのついたクリームを左手親指でぬぐって、舌でねっとりとなめとった。
そしてその左手をチノの方へかざした。
「ひ……あ……! ああああああああっ!?」
絶叫はとても小さかった。
男の右手の中には、手持ちサイズに縮んだチノが収まっていた。
チノの目から涙がこぼれる。
黒い涙が。
口がひとりでに大きく開き、顔が天井を向く。
まるでプルトップを開けた缶みたいに。
喉の奥から苦い味がこみあげてくる。それは慣れ親しんだコーヒーの味。
体の自由はすでに利かない。
水色の制服こそそのままだが、肉体は銀色のスチールになっていた。
チノの形をしたコーヒー缶の口に、男が唇をつけ中身を一気に飲み干す。
ファーストキスを奪われた形のチノ。だがもはや、そんなことを気にすることさえできなくなっていた。
男の喉が動くたびに、チノの中から液体がなくなっていく。
そして缶はすっかり軽くなった。
「あー、美味しかった。ここはいい店だ」
誰もいなくなった喫茶店に男の声だけが響く。
そのまま帰るのかと思いきや、男はいきなり下半身を露出した。
男根は完全に勃起し、陰嚢は不自然にうごめいている。
陰嚢の表面にはわずかな盛り上がりが4つあった。
光の加減だろうか。それらは人の顔にも見えた。
「うん、みんな僕の精子になってくれたみたいだね」
その様子を眺め、満足そうにうなずく男。
スチール缶チノがまとった小さな青い制服をはぎ取って、自らの男根を覆う。
裸の少女の形をした空き缶はその辺に投げ捨てられ、快い音を立てた。
そして男は男根をしごきはじめた。
男根を包む青い制服が先走り汁に染められていく。
「おっ……! 射精るっ!」
その瞬間、男は発射口へ青い制服をティッシュのようにあてがい、その中へ精液を吐き出した。
4人の少女を消化吸収して生成された大量の精子が、チノの青い制服にたっぷりと染み込んでいく。
やがて射精し終わると、男は精液でずっしりと重くなった布切れをその場に放り捨てる。
白濁にまみれた青い布切れが床に落ちて、鈍い水音を立てた。
「ふー、やっぱり女の子を食べた後のオナニーが一番気持ちいいなぁ」
罪悪感のまるで感じられないあっけらかんとした口調で話しながら、男は無人の喫茶店を後にした。
振り返りもしなかった。
その男は何の特徴もなく、誰の気にも留まらない。
男は壁に貼ってあるチラシを眺めていた。
そして、無邪気につぶやく。
「フルール・ド・ラパンか……美味しそうな女の子がいそうだなぁ。行ってみよっと」