2020年 双鉄&路子お誕生日お祝いSS『双鉄様のお誕生日』(進行豹
2020年 双鉄&路子お誕生日お祝いSS『双鉄様のお誕生日』 進行豹
///
「どしたのハチロク?」
日々姫は無邪気にはしゃいでおります。
台所でごちそうをつくってらっしゃる、真闇様も同じくらいに浮き立たれているご様子でした。
いえ、お二人の立場でしたら、こころのそこからはしゃぎ、寿ぐ。そうしないほうがおかしいでしょう。
けれど、けれどもわたくしは――
「あ……ひょっとしてだけどハチロク。『資格』みたいなこと気にしちゃっとーと?」
「!!!?」
日々姫の言葉に驚かされて顔を跳ね上げたその瞬間、日々姫は逆にわずかにうつむいてしまいます。
「あー、やっぱりかー。やっぱりねー。
そぎゃんよね。そぎゃん、思わんわけがなかとよね」
「あ」
日々姫が、わたくしの気がかりを言い当てた。
それは、つまりは――おそらくは。
「日々姫も……同じことを思い悩んでいるのですか? 明るくふるまう、その裏側で」
「あ、ううん。私のは、現在形じゃなくって過去形」
「過去形」
ふっと、日々姫の目が和らぎます。
わたくしのことを見つめつつ――わたくしごしに遠い何かを……おそらく、過去を見つめます。
「あの頃は――にぃにが私のにぃにになってくれたばっかりの頃は、私、ちいちゃかったけん。
今ではとても……大人にはなかなか聞けんようなことも、ね? 素直に甘えて、聞けたんよ」」
「幼いがゆえに、聞けたこと」
ああ、でしたらやはり、そうなのでしょう。
かつての日々姫。ちいさな日々姫も、いまのわたくしと同じ悩みを――
「『にぃにぃのお誕生日。ひーちゃんお祝いしてよかと?』って
『お誕生日で、2月2日でにぃにぃの日やけん。ひーちゃんお祝いしたかとよー』って」
「……左様、ですよね。だって、双鉄様のお誕生日は……」
「うん。路子ちゃん――小さな頃に亡くなっちゃった、にぃにの双子の妹さんの、お誕生日でもあるけんね」
「左様です。その上……そのうえ、路子さまは――」
言葉が止まってしまいます。
発声するよう出す指示に、けれども喉が――
「だからこそ。僕は祝ってほしい」
「にぃに!?」「双鉄様っ!?」
いつから、わたしたちの話をお聞きになられていたのでしょうか?
ふすまを開けて双鉄様は――ああ、穏やかな目で日々姫を見ます。
「日々姫には、遠い昔におんなじことを聞かれたな」
「うん」
双鉄様と、日々姫の時間。
わたくしが知らない、二人が積み重ねてきた時間。
そこにわたくしは、どうやったって触れ得ない……
当然のことに決まってますのに、回路にちりり、原因不明の負荷が生じてしまいます。
「そのとき、僕はなんと答えた?」
「『祝われる資格は僕にはないが、それでも、どうか祝ってほしい』って」
「そうだったか」
「って、にぃに、覚えてなかと!!?」
「祝ってほしいと絞り出したことは覚えている。けれど――」
双鉄様の微笑みに、雲がかかってしまいます。
「――あの当時は、本当に――無理くり絞り出しただけだったのだ。
今の僕が考えるなら、とても愚かしく傲慢なこととはわかるのだけれども……」
「『右田家の人が祝いたいといってくれるなら、それを受け入れるのも僕の責務だ』みたいな感じに?」
「っ!!?」
日々姫に今度は双鉄様が、驚かされたご様子です。
やっぱりね、と、日々姫は小さく笑います。
とても自然に、とても綺麗に――いつもより大人びてみえる横顔で。
「けど、ね? にぃに」
「だな」
言葉にならない――いえ、言葉にしない。言葉を発する必要もない、ふたりの会話。
双鉄様と日々姫の間に、共感めいたなにかがあると感じます。
共感ほどに便利ではなく、多くを伝えることも叶わず。
けれどもきっと共感よりも、深くて強い、静かな何かが。
「いまの僕には、当時の僕が頑なで哀れで愚かと感じる。
そう感じることができるほど――」
双鉄様が、ぐるりとあたりを見回します。
右田の家を。この居間を。懐かしそうに、愛おしそうに。
「……僕は、愛情を注いでもらった。
自分自身の存在価値を、ふたたび信じられるほど――
愛情を、信頼を寄せてもらって……僕は、右田の家族になった」
「うん」
「とっくのとうに許してもらえていた場所に――
ようやく僕は、自分の意思で、望んで立った」
「うんっ!!!」
ああ、なんと嬉しそうな頷きでしょう。
満面の笑みを浮かべる日々姫を、双鉄様はにこやかに見つめ――っ!!?
「双鉄、様?」
双鉄様が視線を移し、わたくしを見つめてくださいます。
雲を払った、あたたかなまなざしでわたくしを見て――
その手が伸びて――
「あ」
帽子の上からぽんぽんと、わたくしを撫ぜてくださいます。
「そうしてハチロクを僕たちの家族と迎えたあの日。
はにかむハチロクを見た瞬間に、理解したのだ」
「……何を、ご理解されたのでしょう?」
日々姫はもう、答えをわかっているのでしょうか?
共感めいたなにかが再び、双鉄様と日々姫を結んでいるのでしょうか?
日々姫はただ、笑顔でわたくしたちを見つめるばかりで――
なのに、とても不思議なことに。原因不明の回路の負荷を、今度は少しも感じません。
「僕に家族が増えるなら。路子にも――父さんにも、母さんにも――新しい家族が増えるのだと」
「!」
家族――家族。
レイルロオドであるわたくしが、いただけるはずもなかった絆。
わたくしが与えてしまった災いでさえ、断ち切ることなく繋がれている――
「やけんね、ハチロク! にぃにと路子ちゃんとのお誕生日を、私は全身全霊で、思いっきりにお祝いしたかと!!」
「――はい」
ぐちゃぐちゃに混乱しかけた思考をぐいと、日々姫の言葉が牽いてくれます。
ああ、左様です。考えるのは、悩むのは、いつでも、一人でもできることです。
ですからいまは、回路よりもっと深いところから――
タブレットの奥底から湧き出すようなこの感情に、ただただ素直に従いましょう。
「……」
「……」
日々姫と自然、視線が合います。頷きあいます。
声が、想いが重なります。
「にぃにぃ! お誕生日!!!! おめでとう!!!!!!」
「双鉄様!! お誕生日!!!! おめでとうございます!!!!!!」
あらら、ぴたりとはいきません。
けれど――けれども――破顔一笑!
双鉄様のお顔がしあわせにとろけます。
「うん! ありがとう!」
;おしまい