2018年クリスマス書き下ろしショートストーリー
「メリークリスマスfrom8620」
2018/12/24 進行豹
「乗務。でございますね」
「ああ、乗務だ」
いわずもがなのやり取りは、本日これで二回目だ。
日々姫がいうならともかくも、
物わかりの良いハチロクが、言ったところで詮無きことを繰り返すとは……
あ、いや?
うむ――
そういえば、だ。
「今日の日々姫は、随分と良い子なのだな」
「なっ!? なんねーその、『普段の日々姫は悪い子』みたいな言い方はー
ひーちゃん、いっつもいい子でしょうよ~」
「無論、いつもの日々姫は良い子だ。
が、"いつでも"というわけでもない。
ことに、楽しみにしていた予定が潰れたときなどは」
「……ぁ」
ハチロクの、小さく恥ずかしそうな声。
いかん、日々姫を褒めるつもりが――
「そーんなん、あったりまえのことでしょお?
楽しみにしてて、計画してて、約束してて、準備もしてて!
それがいきなりおじゃんになって、がっかりしたり、ふくれたり。
しないほーがおかしかろーもん」
「ああ。だな」
「…………」
ほうっと、今度は安堵の息。
ブラスト音とドラフト音とに慣れ親しんだ蒸気機関士でなければおそらく、
聞き取ることさえできぬであろうほどに小さな――
(……いや、日々姫にも聞こえていたのか)
いまのは、完全にハチロクへのフォロー。
それも、かなりのナイスフォローだ。
(ざっ――ざっ――)
であるというのに全くそんな素振りをつゆほど見せず、
ただひたすらに、ゆるい投炭を繰り返している。
「……日々姫も、大人になったのだなぁ」
「そんなことなかとよ?
やっぱり、せっかくの稀咲先輩のクリスマスパーティーのご招待。
お断りすることになっちゃったのは、残念だしもったいないって思ってるし」
「だよな」
御一夜中の名士を招く――
稀咲というか、隈銀主催のクリスマスパーティー。
今年はなんと、御一夜鉄道の全員に――
レイルロオドたちにも、厳密には部外者であるふかみと真闇姉にまでも、招待状が届けられた。
「わたしとハチロク、よそゆきまで新調しとったし。
ゲストに来る歌手さんの歌も、それはやっぱり聞いてみたかったし」
うんうんと、ハチロクが大きく頷く。
僕はあいにく歌手だなんだには詳しくないが、
女性陣の反応を見るに、相当に魅力的なゲストだったらしい。
「そちらの方は……ううむ。
もう歌い終わっていようし、まぁ、どうしようもなかろうが――」
僕らを臨時の乗務に駆り立てた、御一夜-湯医間の通行止め。
が、パーティに招待されているのは全て御一夜の市民であるし、ゲストも前入りしていたと聞く。
ゆえにそこには影響はない。
その上に、招待客はみな忙しい人たちだ。
わずか三人の僕らのために、開始時間はずらし得ないと――
それも稀咲が、心底残念そうに僕へと伝えてくれている。
「よそゆきの方は、明日あらためて着ればよいのではないか?
今日はイブで、明日がクリスマスの本番なのだから――
右田一酒造元主催のクリスマスパーティーを、改めて開催してもいい」
「まぁ!」
「そいば、よかとねー」
ぱっと、ハチロクの顔が輝く。
なるほど。そこが気がかりだったのか。
考えてみれば、ハチロクが私服を購入したなど……
ああ、うむ、恐らく初めてのことだろう。
「ならば、そうしよう。
二人の晴れ姿が、楽しみだ」
「うふふふっ、どうぞご期待くださいましね?」
「ああ」
(ざっ! ざっ!)
こころなしか、日々姫の投炭の音もより軽やかなものとなる。
(お――)
間もなく、御一夜。
人家の明かりも随分とにぎやかになってきた。
どこからだろう。ぷぅんととてもいい匂い――
肉を……おそらくはチキンだろうが――香ばしく焼き上げた匂いが漂ってくる。
「……これはこれで、素敵なクリスマスでございますね。
双鉄さまがサンタさんで。わたくしと日々姫とがトナカイで。
8620がソリとなって」
「あはは! まっこと! わたしたち、プレゼントば届けたんだもんね」
「湯医の郵便局の方、本当に喜んでくださいましたし」
「だな。そのさらに先には、一軒一軒の、ひとりひとりの笑顔がある」
郵便局のエアクラトラックは、通行止めを越えられず。
ゆえに僕らは空の客車を臨時の郵便車として運用し、
今宵限りの、サンタクロースに変わったわけだ。
「パーティは残念だったが、実に素晴らしい乗務だな。
そうか、僕はサンタクロースをつとめたわけか」
「したらハチロク。真っ赤なお鼻つけなくちゃ」
「日々姫もですよ? トナカイ仲間なのですから」
「よかよ~? あとでつくっちゃうけん」
「まぁ!」
「……無駄話もいいが」
「わかっとーと!」
(ざっ!)
「む?」
停車準備に入るところを、なぜか日々姫が、
無駄な投炭ひとつをかませる。
「日々――」「双鉄さま?」
「ああ、うむ――『自弁、常用!』」
……帰りの客車は完全に空。
荷重がなければ当然その分、ブレーキの利きは強くなる。
利かせすぎぬよう大胆に――
けれども、どこまでも慎重に――
「――お見事です」
「クリスマス臨8620特別郵便編成。
定刻2000。御一夜温泉駅着。停止位置、良し!」
「乗務おっしまーい!
そしたら、じゃじゃーーん!!!」
「む?」
ポーカーを手に、日々姫がやおら焚き口とを開く――と
(ぷ~~んっ)
「この匂い――まさか、ここからだったのか?」
「まぁ! まぁまぁまぁまぁ。日々姫ったら」
「ううん? アイディアは凪ちゃん!
で、料理提供はポーレットさんとれいなちゃん」
「……素晴らしいな、これは。
レールショップでの留守番を急遽引き受けてくれた、赤井宮司とニイロクにも届けよう」
「それは素敵なお考えです!」
「って、黒焦げになってなければいいけど~」
ポーカーを、まるで自分の手の延長と扱って、
日々姫が器用に、ぐるぐる巻きでまっ黒焦げのホイルの塊をひっぱりあげる。
(サク、サク――バリ、バリ――)
黒こげの外側部分が剥がれ落ちると、中のホイルは銀の輝きを保っている。
そうして、ホイルが剥かれたあとには――
「おお!」
「なんて綺麗な焼き色でしょう。石炭よりも美味しそうかもしれません」
「えへへっへへ~!
『8620火室特製ローストチキン』! 完成したとー!!」
丸鶏だ。
肉汁がじゅうじゅうしたたり、いまにも零れ落ちそうだ。
これは――すぐに食べねば、もったいないというものだろう。
「日々姫、貸してみろ」
「あ、うん」
焼き立てチキンの熱さなどは気にもならない。
余った銀紙を持ち手にし、もも肉ふたつをむしり取り――
僕は、まぁ……手羽でよかろう。
「……チキンで乾杯、というのも妙な話だが」
うなずいてくれる。
ハチロクも、日々姫も、もう満面の笑顔を浮かべて。
「ならば!」
掲げた右手のチキンへと、
勢いもよく日々姫とハチロクのチキンがぶつかる!
「「「メリー・クリスマス!」」」
;おしまい